今日は久しぶりに合唱ネタである。
私たちのコーラス・グループは、アマチュアの寄せ集めだ。だが、歌が好きで集まっているお楽しみ会からは一歩出て、芸術としての音楽表現に少しでも近づこうと、かなり真面目に取り組んでいる。この地域でのそうしたグループとしてはトップの実力だと思う。これには指揮者の持つ音楽的な質の高さが大きく左右する。伴奏者も申し分ない能力の持ち主である。
それだけに最初は体操(ストレッチ)に始まり、発声と併せて新曲の場合はパート別の音取りまで1時間くらいかけて予備練習があり、その後、本命の指揮者が登場して2時間みっちり指導する。
ちょっと複雑な曲は、必ず各パート別に音取りCDが用意されるので、カラオケ状態で自宅でも練習できる仕組みになっている。
音が取れることは大前提で臨み、「どんな声でどう歌うか」を練習するのである。
最近は要求する声音を出すために、指揮者が個人指導までしている。それだけ、要求するものが高いレベルにあるのだろう。ある意味、恵まれている。
しかし、そんな中、音大卒のK君が2週に一度くらいの割でこの準備体操と発声指導を任されて出てくるのだけれど、その指導がまことにお粗末なのだ。
一言で言えば、彼の演説が9割。同じ箇所をせいぜい2回歌って終わる。
体操でも6割しゃべって4割身体を動かすだけかな?こちらはしゃべりながら動かせるから、少しはいいが、いちいちその動きはどんな意味があるか、毎回毎回同じ説明をする。
この間のパート練習の時も、延々と歌のフレーズの解釈を聞かされ、実際に歌うことがほとんど無かったので、私はとうとうキレた。彼のその箇所の歌い方どうこう、どんなに素晴らしい講釈を聞いたって、それを聞けば上手になるのか?そんなものが練習か?
先生はどうするか?確かに「こう歌え」と指示はする。曲の解釈に戻って説明する時もある。でもその後、繰り返し繰り返し、実際に求める歌い方が出来るまで何度でも歌わせるのだ。必ず、歌う、歌わせて聴いて、評価を加えて、定着するまでまた歌わせる。
その時に十分に出来なかったところに挑戦するのがパート練習なのに、この坊や、何考えてるんだ?音大の大学院を4回も落っこちてるって噂の、実力も無い若造が。
そんなの、「ムンテラ」ではないか?
ムンテラ、おまじない。医者が口先で慰めを言って治せていないのに治したような気分になること。難病の告知の仕方に疑問を呈した医学生に、教授が「ムンテラの奢りは無いか?」と言ったという話が今なぜか蘇った。
「引っ込め!」と言いたいのをこらえて、「Kさんの説明解釈は十分聴いたけど、もっと歌いたい」と言ってやった。団費から何か彼に指導料払ってるなら、それなりのものを要求する権利があると思う。こんなお粗末な「指導もどき」に、1円だって払えるか!そう思っている。
さすがに直接そこまでは言えなかったが、役員にぶちまけてしまったのだ。当然ながら後味が良くない。どうして私ってこういう嫌な役回りになるのかな?
写真
ソラナム(別名ツルハナナスorヤマホロシ)
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