2016年12月1日木曜日

「シニアと歌う活動」へ新たなお誘いを受けて

 何を隠そう、私も来年の誕生日を迎えれば「古稀」となる。
「団塊」と言われる世代の真っ只中の私たちがこの年齢になるということは、ただでさえ老人が増えている日本社会に更に爆発的に高齢者人口が増えるということでもある。

 そんな風に高齢者社会になり、医療・介護・福祉サービスを適用される人が溢れている中で、音楽を使ってのリハビリを兼ねた娯楽行事、或いは日常的催しの機会も増え、その牽引役として、私が偶発的に始めた「シニアと歌う懐メロの集い」活動と似た動きをするグループは全国に無数に生まれていると思われる。
 昨日、あるご縁でやはり施設の高齢者対象に歌の集いを提供している別のグループのお手伝いとして参加させて頂いて、改めてこの活動を見直すことになった。



写真:HTバラ 「ホワイト・クリスマス」


 高齢者と共に歌を媒体として音楽を楽しむ、パフォーマンスとして「参加型」の演奏会という呼び方も出来るこの活動のあり方を考える時、何を心していくべきか、このブログを立ち上げた当初から、私は常に模索し続けてきた。私の学びを少しでも参考にして、この種の活動の平均点を上げることができたらと言うのが私の願いでもある。
 ポイントは、従前はよくあった単なる「慰問演奏」には終わらないということ、自分たちの演奏を「聴いて貰う」のではなく、「共に演奏する」ことに重点を置いたプログラムで臨むという点である。

 具体的に何をすればいいか?
 それは一口に言えば、参加者(高齢者)側を知ってそのニーズに添う、という1点に尽きる。どんな人たちで何を求めて来るかということである。
 その上で、歌については 1.選曲 2.音域 3.テンポ 語りについては 1.話題 2.深さ 3.話す技術 に留意せねば、ただ形として催しはこなせたとしても、実りの薄いものに終わってしまうだろう。
 
 過去、娘の参加したある音楽家のグループのように、打ち合わせも無くぶっつけ本番で、ミスだらけの上っ面なものでも、相手はわかりもせず、どの道喜んでくれるんだからそれでいい、という考え方もあるだろう。(2014年3月3日の記事参照)でも私は同意できない。高齢者に残された時間は少ない。その貴重な時間を私たちは共有するのである。その共有は人としての敬意を持ってなされるべきものではないか。無駄遣いでいい筈は無い。

 昨日の他のグループの活動から、新鮮に見えた良い面がたくさんあったし、また更に活動が生きてくると思われる留意点(赤文字表示)もいくつか気づいた。
 継続して係わることができそうなので、この幸運をお互いに生かして行けたらと思う。

<留意点として感じたこと>
 音域・・・上のD音、E音がたびたび出ていた。唱歌は基本的に児童・生徒世代の声域の高い時代に向けて書かれたものなので、声域が狭まりかつ低くなった高齢者に、原曲の調で歌わせるのは無理がある。仮に移調して最高音が上のCくらいまでに抑えれば、もっと歌えるはずだと思う。
 テンポ・・・日常的に歌っていない高齢者が歌う場合、1音出す(声帯を合わせる)のにも時間がかかる。発声練習では、16分音符でドレミファソファミレド、ではなく、2分音符でドーレードーとかドーミードー、などをじっくりゆっくりするのが適当と思う。「かえるの歌」をゆっくり歌うのもいい。 
 話す技術・・・声の大きさが不足していて耳の遠くなった高齢者へのケアが足りないと思う。(騒がしい子供には逆に小さめの声で、と言うが)また、早口で多くの言葉を言い過ぎる。繰り返しも多い。情報を整理して言葉数はできる限り少なく、ゆっくり、はっきり発音して1度で確実に伝えることに気を付けたい。


 感心したのは一つ一つの歌について、作られたり発表された年などの背景を実に詳しく調べてこられ、解説をつけて歌っていられること。また、いきなり与えられた「ボケます小唄」及び「ボケない小唄」と称する替え歌の歌詞を、お座敷小唄のメロディーに載せて歌うことが、練習も無く出来てしまったということ。
 これは施設自体が入居者対象を「介護を要せず自立した高齢者」に限っていること、そのような頭がかなり健康なご老人たちばかりが相手だからこそである。こういうことは、殆どが要介護の方々で占められている私の活動拠点施設ではできない。やってもその時間はお互いの思いがすれ違ってしまうことだろう。

 私自身、5年前に始めた当初、童謡・唱歌を今よりずっと多くして思い切り易しいプログラムにしていたつもりなのに、それでも施設側担当者に「貴女の選曲は難しいと思う」と言われた覚えがある。スタンダードな歌集に酒席で歌うような演歌を入れるべきか、あるいは母の好きな女学校で習った外国曲を入れるか否かで迷ったことも一つの経験としてある。何をもって難しい/易しいとするか、良く考えれば主観に左右されるということでもある。最後は私の「自分らしさ」に帰ってくる話であると割り切っている。

 その後、施設が住宅型から介護付老人ホームへと改変されたり、度々施設長も担当者も交代してそのたびに受け入れる入居者の要介護度・認知症の重症度も微妙に変化して来た。リクエスト曲も様々であるし、それに添って歌いながら・弾きながら・聴きながら、毎年のように選曲を見直してきているのが現実である。反応を見ながらやっていくと、自然にそうならざるを得ない。

 いずれにしろ、今回の新しいお誘いによって、「相手を良く知ってニーズに添う」 ということを再認識させられた。

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