今日の暑さは異常だった。
朝から何にもする気力が無くて、ぼーっとしてたら、ピンポ~ンが鳴って、宅急便でSweetsが届いた。お友達にあげた自作の薔薇アルバムのお礼のつもりらしい。
ちょっと目が覚める。
早速お礼の電話をしたら、息子さんが出てきて、お友達はそのアルバムを届けに●●●の病院まで出かけていると言う。そうだ、そもそもあのアルバムは、花好きの彼女のお姉さん(93歳)がガンで闘病中と聞いて、その方のお見舞いにと複製を作ってあげたのだった。
毎週日曜日に病院に行くと言っていたから、それまでは彼女ご自身で楽しんでくださればと思っていたのに、それまで待てなかったのか、この暑いのに電車であんなに遠くまで出かけて行ったとは・・・大丈夫かしら?
息子さんは、私たちのことを良く聞いていられるらしく、「僕も拝見しましたよ、薔薇の論文」「あれは皐月さんの卒論ですよね、僕そう思って読ませていただきました」なんて言う。
そして、写真は花の好きな人が撮ったからとてもいいし、添えた文章も引き込まれるとほめてくれた。最後に一言、
「下巻もお待ちしていますから」
ゲ、ゲ、ゲ、下巻!? うわぁぁぁぁ!
確かに彼女にあげたのは上巻。
そして、「下巻もいずれ行くので、お姉さんと取り合いっこしないでね」と、メモっておいたのも確か。
でもね。
上巻はもう完成していたのでプリントアウトすればいいだけだったんだけど、下巻の方は、まだ各品種ごとに使う写真の選定が済んでいるだけで、エッセイ部分は書き上げていないページが大量にある。つまりまだ編集中、複製しようにも原本が未完成なのだ。
わ、私だけの卒論だったのに、「ASAP」っていうデッドラインが出来てしまったってことなのだ。
今度こそ、パッチーン、と目が覚めた。
ていうわけで、今日は一日中、パソコンにかじりついていました。
まあ、イラつく議事録は完了しているし、それに比べたらはるかに幸せな作業ですけど。
あなた任せに生きてるようで、私って結構注文の多い人間です。 ガーデニング、歌、デジカメ写真とその編集、SNS、手仕事・・・ 好きな物を全て身の回りに置きながら、世の物事を愛でたり貶したり、思いつくままをブログに書いています。
2016年8月9日火曜日
2016年8月4日木曜日
我慢大会
関東でも梅雨明け宣言がされて以来、ほんの数日だが30℃を超える日が訪れるようになった。朝から暑くて、庭仕事も軒下の鉢植えへの水やり程度で済ませている。梅雨冷えの頃とは違ってそんな時はウワっと藪蚊が寄って来て、一瞬でも油断ならないのには閉口する。
ところで・・・・愛犬コロは、未だに行方がわからない。
この10年、いつもいたものが居なくなるって、こんなに寂しいものかと改めて思う。
短気な私にとっては、ほとんど我慢大会なのである。
正直言って心にも体にも悪い。
次回は、記録当番じゃないからもっと言ってやるぞ!と思っている。
コロの情報を求めて、毎日サイトのチェックをして、心は県内を駆け巡っている感じだ。
一方では町内の自治会で、猫の被害が甚大だとして今月も話題に上り、近くの公園沿いの道では車による轢死の話が語られていてドキドキする。コロもそんな1匹になったのかもしれない。
皮肉なことにコロ行方不明のチラシを作っても私的な問題で町内会の回覧にはできないそうで、それでも町内会の役員なので議事録を作成せねばならない。なんとなく釈然としない。
それだけではなく、会長は要点をレジメに整理もせずにダラダラと喋り、しかも採決の要となるキイ・ワードを言えない。せいぜい「これでいいですかねー?」である。返事のしようもないで一同沈黙していると、また聞いたような説明を延々としゃべる。
「私からは以上ですがご質問は?」
「他の方はこの件どう思われますか」
「私はこの方向で行きたいと思いますが、異議のある方は?」
「ご意見は出尽くしたとみて決をとってよろしいでしょうか?」
「それではこれを結論とします」etc.etc.
会議を前に進める言葉が無い。議長の役割がわかっていないみたいだ。
「私からは以上ですがご質問は?」
「他の方はこの件どう思われますか」
「私はこの方向で行きたいと思いますが、異議のある方は?」
「ご意見は出尽くしたとみて決をとってよろしいでしょうか?」
「それではこれを結論とします」etc.etc.
会議を前に進める言葉が無い。議長の役割がわかっていないみたいだ。
さらに、携帯もインターネットも一切やらないで部長になった勘違い爺さんが一人。
自分の愚痴と、あれ、これ、それの指示語ばかりが優先するから、呆気にとられ何言ってるか全然わからない。この、会長を敵対視するウジウジ爺さんと会長のやり取りだけで会議は長引き、半分くらいこの人たちの発言で、中身のない無駄な時間ばかり喰っている。2時間で終わるはずが前回は2時間40分かかった。
時々、議事録のための録音を聴きながら叫んでいる。
「そんな話を今更蒸し返して、何になるのよ!」
「なんで、会長をフォローして流れを変える人がいないの?腰抜け男どもめ!」
自分の愚痴と、あれ、これ、それの指示語ばかりが優先するから、呆気にとられ何言ってるか全然わからない。この、会長を敵対視するウジウジ爺さんと会長のやり取りだけで会議は長引き、半分くらいこの人たちの発言で、中身のない無駄な時間ばかり喰っている。2時間で終わるはずが前回は2時間40分かかった。
時々、議事録のための録音を聴きながら叫んでいる。
「そんな話を今更蒸し返して、何になるのよ!」
「なんで、会長をフォローして流れを変える人がいないの?腰抜け男どもめ!」
短気な私にとっては、ほとんど我慢大会なのである。
正直言って心にも体にも悪い。
次回は、記録当番じゃないからもっと言ってやるぞ!と思っている。
写真:見事な穂になった、百日紅「淡桃清」
2016年7月29日金曜日
この子を探して!
この子を探しています
自宅は千葉県佐倉市。
いなくなってからもうすぐ1か月になろうとしていますが、全く痕跡がありません。
黒の柴犬純潔種、通称コロ。男の子で去勢済み、もう10歳です。
柴としては小柄で8~9キロかと思います。
一昨日、facebookに、松戸で保護された黒柴がいるとの情報があって、もしやと希望を持ったのですが、よくよく見ると違う犬でした。
誰とでもフレンドリーな子だから、連れて行かれちゃったのかしら・・・コロ、帰って来て!みんな待ってるよ!
2016年7月5日火曜日
「やくもたつ」っていうバラって役に立つ?かな。
どうもバラ・カタログを見ていると自制心がマヒする私。
またまた、大好きな淡紫色の剣弁高芯咲きの写真にイチコロになった。
(あ、でもこれ、良く見ると高芯じゃなくて平咲きかもしれません。)
けど、変な名前。 やくもたつ???寺西菊雄さんの作出。
ネットで検索したら、「八雲立つ」とわかった。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
日本書紀に載っている「壮大な寿ぎの歌」の一節から名付けられた模様。
ま、新苗だからまだまだ咲くのは先の話です。それまでお楽しみに育てませう。
さあて、何年か前から探していた藤桃色のサルスベリなのだけど、
このたびとうとう本命を見つけました。
品種名は「ディア・パープル」と申します。
これまで探して探して、10本近い数の百日紅を買う羽目になりました。
近頃ヒマで?よく庭仕事をしている天敵が、
「うちってなんでこんなに百日紅が沢山植わってるの?」と聞くから、
「欲しい色じゃなかったから」って答えていましたが、今度こそ打ち止め、のはず。
これで違ったら、諦めます。そう洗顔(汗)、いや宣言しておきます。
そうして、最後は悲しいお話。
コロが・・・家から脱走したきり行方不明になってしまいました。
血統書付の黒柴、「宮の錦号」なんですよ。
庭で放し飼いにしているのですが、犬エリアのゲートを締めた「つもり」が、あとで見れば半開き状態。
宅急便が来たので急いで出たのが失敗でした。
その上、車庫の入口も締め切らずにお向かいさんと立ち話してたら、ヤツが目の前を通り抜けて行きました。7月1日の昼過ぎのこと。
これまでだったら、2時間もしないうちに帰って来ていたのですがねぇ・・・
徒歩、自転車、車で、ずいぶん探し回りましたが、5日もたっても全く消息不明なのです。
心配で始めの晩はよく眠れませんでした。もしかしたら、と、見に行ってみたりして。
警察、動物愛護センター、保健所の3か所に届けを出しています。
コロ、どうしちゃったの?
もう10歳、あの日は異常に暑かったから熱中症にでもなったのかも。
これまでも時々あるけど、出ていくときは「ダメ!」って言っても、帰った時には叱らないで迎えてあげるようにしているから、絶対に帰ってくるはずなのに・・・「どんなもんだい!」って顔で。
届けを出したとき、
「まだ3日しか経っていません、諦めずに探しましょうね!」
と、言ってくれた保健所の職員さんの言葉が身に沁みました。
娘に「お父さんもお母さんも、もうお歳だから、これから新しくは犬も猫も買うのやめようね」って引
導を渡されました。(😢)
またまた、大好きな淡紫色の剣弁高芯咲きの写真にイチコロになった。
(あ、でもこれ、良く見ると高芯じゃなくて平咲きかもしれません。)
けど、変な名前。 やくもたつ???寺西菊雄さんの作出。
ネットで検索したら、「八雲立つ」とわかった。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
日本書紀に載っている「壮大な寿ぎの歌」の一節から名付けられた模様。
ま、新苗だからまだまだ咲くのは先の話です。それまでお楽しみに育てませう。
さあて、何年か前から探していた藤桃色のサルスベリなのだけど、
このたびとうとう本命を見つけました。
品種名は「ディア・パープル」と申します。
これまで探して探して、10本近い数の百日紅を買う羽目になりました。
近頃ヒマで?よく庭仕事をしている天敵が、
「うちってなんでこんなに百日紅が沢山植わってるの?」と聞くから、
「欲しい色じゃなかったから」って答えていましたが、今度こそ打ち止め、のはず。
これで違ったら、諦めます。そう洗顔(汗)、いや宣言しておきます。
そうして、最後は悲しいお話。
コロが・・・家から脱走したきり行方不明になってしまいました。
血統書付の黒柴、「宮の錦号」なんですよ。
庭で放し飼いにしているのですが、犬エリアのゲートを締めた「つもり」が、あとで見れば半開き状態。
宅急便が来たので急いで出たのが失敗でした。
その上、車庫の入口も締め切らずにお向かいさんと立ち話してたら、ヤツが目の前を通り抜けて行きました。7月1日の昼過ぎのこと。
これまでだったら、2時間もしないうちに帰って来ていたのですがねぇ・・・
徒歩、自転車、車で、ずいぶん探し回りましたが、5日もたっても全く消息不明なのです。
心配で始めの晩はよく眠れませんでした。もしかしたら、と、見に行ってみたりして。
警察、動物愛護センター、保健所の3か所に届けを出しています。
コロ、どうしちゃったの?
もう10歳、あの日は異常に暑かったから熱中症にでもなったのかも。
これまでも時々あるけど、出ていくときは「ダメ!」って言っても、帰った時には叱らないで迎えてあげるようにしているから、絶対に帰ってくるはずなのに・・・「どんなもんだい!」って顔で。
届けを出したとき、
「まだ3日しか経っていません、諦めずに探しましょうね!」
と、言ってくれた保健所の職員さんの言葉が身に沁みました。
娘に「お父さんもお母さんも、もうお歳だから、これから新しくは犬も猫も買うのやめようね」って引
導を渡されました。(😢)
2016年6月25日土曜日
音楽療法についての講演を聞いてきた
水曜日、母校の心理学専攻卒業生が中心になって立ち上げ育ててきたカウンセリング研究会グループの、受講生向けワークショップに参加してきた。
(画像:ユリ・トライアンフェータ)
実は私はこの研究会に所属した時点ですでにボランティアをいくつか掛け持ちしていたこともあって、この会の主目的であるカウンセラー養成に直結する講座にはほんの少ししか出席できず、従って厳密に言えばこうした講演を聞かせていただく資格すら満足に得られていないのだが、友人のちょっとした思い込みのおかげで?会費を払い、ずうずうしくも出て行っては毎回質問や感想を発言までさせていただいている。前回は前回で「母性という名の神話」がテーマだった。
もういい加減にしゃしゃり出るのはやめようと思っていたのに、今回はテーマが「音楽療法」とのこと。しかも講師は高齢者へのそれを長年実践してこられたと聞いて、自分の懐メロの会の実践とも極めて近いのでお話を聞きたいと思った。
(画像:ニワナナカマド)
1時間半の講義とワークとを終えての感想としては、いくつかは長年の実践に基づく貴重なポイントが示されていたのだが、失礼ながら、講義としての流れがよく見えず、少々まとまりに欠けるお話だったように思う。おっしゃりたいことは大体わかったけれど・・・
勿論、大切な高齢者の時間を、共有するという形で「奪う」ことになる活動であるから、それが認定カウンセラーや認定音楽療法士など社会的に資格を認められた方であろうと私のように只のボランティアであろうと、真摯に向き合わなければいけない点は全く同じである。
「あくまでも主役はこちら側ではなくクライアント」であるということ。そして「一つの音/音楽への感じ方は一人ひとり異なるものであり、反応も様々だ」ということ。さらに「結果(効果)を評価する明確な基準も尺度も存在しない」ということの重み、というか複雑さが、音楽療法という行為や療法士を定義づけたりオーソライズ出来なくしているという現状が良く分かった。
(画像:アジサイ・クララ)
身体的、精神的に障がいのある人々・高齢者・旅立とうとしている人々にとって、音楽療法とは、医療なのか教育なのか福祉なのか、そも、一体何なのか。そこが日本においては国家資格として認められない大きな要因となっているという。改めて考えさせられた。
「音楽は手段の一つであるし万能ではないということを、いつも肝に銘じています」と彼女は言う。
けれども心を和ませ開かせ通わせる手段として、非常に大きな力のあるツールであるということに関して、参加者からも次々に体験談が語られた。まだまだ研究半ばかもしれないが、手探りであっても、一人でも多くの有志がこうした活動に参加し、持てる力を注いでいってほしいと思う。
「ここで歌わなかったら、二度と出会わない歌に出会えたよ」
「昭和の歌と共に生きてまいりましたので」
「どうして涙が出るかわからないけど涙が出るの」
と、涙を流し、私の手を取って離そうとしないかたがた。
無数の「有難う」を頂いてきた。
そればかりでなく、
「先生、私、ピアノが弾けて良かったと思えました。今、幸せです」
「あんなに遠い目をして・・・何を思って歌っていられるのかと思うと」
提供する私たちの胸にも、セッションの度に大きな感動を貰える。いや、提供とか供給とかいうよりも「共有」という言葉こそが相応しい。
この活動に参加するまでは、重度の吃音のため友人はおろか教授からさえハラスメントを受け、音大を中退に追い込まれた閉じこもりの娘さんがいた。3年を経て、すっかり脱却してストレスなく話せるようになり、職を得て「卒業」していくまでになった。
音楽のちから。
万能ではないけれど、確実に何かをもたらすもの。
(画像:ユリ・トライアンフェータ)
実は私はこの研究会に所属した時点ですでにボランティアをいくつか掛け持ちしていたこともあって、この会の主目的であるカウンセラー養成に直結する講座にはほんの少ししか出席できず、従って厳密に言えばこうした講演を聞かせていただく資格すら満足に得られていないのだが、友人のちょっとした思い込みのおかげで?会費を払い、ずうずうしくも出て行っては毎回質問や感想を発言までさせていただいている。前回は前回で「母性という名の神話」がテーマだった。
もういい加減にしゃしゃり出るのはやめようと思っていたのに、今回はテーマが「音楽療法」とのこと。しかも講師は高齢者へのそれを長年実践してこられたと聞いて、自分の懐メロの会の実践とも極めて近いのでお話を聞きたいと思った。
(画像:ニワナナカマド)
1時間半の講義とワークとを終えての感想としては、いくつかは長年の実践に基づく貴重なポイントが示されていたのだが、失礼ながら、講義としての流れがよく見えず、少々まとまりに欠けるお話だったように思う。おっしゃりたいことは大体わかったけれど・・・
勿論、大切な高齢者の時間を、共有するという形で「奪う」ことになる活動であるから、それが認定カウンセラーや認定音楽療法士など社会的に資格を認められた方であろうと私のように只のボランティアであろうと、真摯に向き合わなければいけない点は全く同じである。
「あくまでも主役はこちら側ではなくクライアント」であるということ。そして「一つの音/音楽への感じ方は一人ひとり異なるものであり、反応も様々だ」ということ。さらに「結果(効果)を評価する明確な基準も尺度も存在しない」ということの重み、というか複雑さが、音楽療法という行為や療法士を定義づけたりオーソライズ出来なくしているという現状が良く分かった。
(画像:アジサイ・クララ)
身体的、精神的に障がいのある人々・高齢者・旅立とうとしている人々にとって、音楽療法とは、医療なのか教育なのか福祉なのか、そも、一体何なのか。そこが日本においては国家資格として認められない大きな要因となっているという。改めて考えさせられた。
「音楽は手段の一つであるし万能ではないということを、いつも肝に銘じています」と彼女は言う。
けれども心を和ませ開かせ通わせる手段として、非常に大きな力のあるツールであるということに関して、参加者からも次々に体験談が語られた。まだまだ研究半ばかもしれないが、手探りであっても、一人でも多くの有志がこうした活動に参加し、持てる力を注いでいってほしいと思う。
「ここで歌わなかったら、二度と出会わない歌に出会えたよ」
「昭和の歌と共に生きてまいりましたので」
「どうして涙が出るかわからないけど涙が出るの」
と、涙を流し、私の手を取って離そうとしないかたがた。
無数の「有難う」を頂いてきた。
そればかりでなく、
「先生、私、ピアノが弾けて良かったと思えました。今、幸せです」
「あんなに遠い目をして・・・何を思って歌っていられるのかと思うと」
提供する私たちの胸にも、セッションの度に大きな感動を貰える。いや、提供とか供給とかいうよりも「共有」という言葉こそが相応しい。
この活動に参加するまでは、重度の吃音のため友人はおろか教授からさえハラスメントを受け、音大を中退に追い込まれた閉じこもりの娘さんがいた。3年を経て、すっかり脱却してストレスなく話せるようになり、職を得て「卒業」していくまでになった。
音楽のちから。
万能ではないけれど、確実に何かをもたらすもの。
2016年6月16日木曜日
「紅不二」の苗を見つけてしまって
日陰に居てもぐったりするような日が二日ほどあって、「いよいよ夏到来」と覚悟したのに。
な~んだ、雨ばっかりじゃない。
なんと、梅雨入りしていたんだ・・・ボケてるの?わたし。
いえいえ、空梅雨だからいけないのよ。梅雨ってものがある事忘れちゃってたもの。
バラが一段落したら、追いかけるように透かしユリやアジサイが咲き始めて、
庭がまたにぎやか。
そして、近くのホームセンターでは、ニガウリやキュウリやトマトの苗がひしめき合い、バラ苗
はバーゲン価格になって大分経つ。
「もう買わないぞ」と思いつつ、やっぱり横目で品種名ラベルに目が行く。
私の今年の誘惑は「紅不二」というオールド・ローズ。フラウ・カール・ドルシュキの枝替わりである。蝶が舞っているような華やかな花型の大輪でツルとしても使える。もとは真っ白だけど、赤の枝替わりは「艶姿(あですがた)」と呼ばれ、ローズピンクのものは「紅不二」と言う。
似た感じの色の花を挙げるなら、この↓「マヌウ・メイアン」。でも形はもっと独特の派手さがある。
この「艶姿」の見事なオベリスクが千葉市内のバラ園芸会社の看板替わりになっているのを見て、前から気になっている品種だった。当主の話を聞いたら、福島原発からわずか4キロの双葉バラ園(多分、原発事故がなければ、日本一のバラ園だったはず。)から貰った株だと知ったこともあり、しっかり名前が脳にインプットされていた。
実は個人的好みの問題で、艶姿より紅不二(ドルシュキ・ルブラ)の方が好みだった。その紅不二が、新苗ではあるが3桁で買える?が~ん!である。
一旦は素通りしたのだが、家に帰ってバラ図鑑で確認し、コロッと落ちた。だって、惚れてた品種に、二度と出会えるかわからないもの。
オールド・ローズが、私のズボラ栽培にどこまで適応してくれるかはわからないけど。
(アジサイ:ウェディング・ブーケ2年目です↑)
さて、次の日曜日は懐メロの例会だ。
6、7、8月は「夏のうた」。34曲だったサイド・ブックの曲を40曲に増やし、また終戦記念日前後用に入れていた軍歌3曲に撤退願った。代わりに「禁じられた遊び」や「泉のほとり」などの外国曲で反戦の思いは歌えると思う。
ただし、「サトウキビ畑」だけは残す。これを歌うと必ず皆涙するから微妙なんだけれど・・・
花もさることながら、新たに増やした曲をお年寄りむきに音を低く下げて歌えるよう、移調した伴奏譜作りに追われていた。
いや、正直に言うと、移調だけではない。もしもの時には自分でも弾けるよう、難易度を下げた楽譜であることも必須(汗)。何を隠そう私のピアノ技術なんてバイエルに毛が生えた程度なんだから。
てわけで、良く考えたら雨で花いじりができなくて良かったのだ。
楽しく、そしてしみじみ、今月も歌って過ごして来ようと思う。
柏葉アジサイの白が華やかです。
な~んだ、雨ばっかりじゃない。
なんと、梅雨入りしていたんだ・・・ボケてるの?わたし。
いえいえ、空梅雨だからいけないのよ。梅雨ってものがある事忘れちゃってたもの。
バラが一段落したら、追いかけるように透かしユリやアジサイが咲き始めて、
庭がまたにぎやか。
そして、近くのホームセンターでは、ニガウリやキュウリやトマトの苗がひしめき合い、バラ苗
はバーゲン価格になって大分経つ。
「もう買わないぞ」と思いつつ、やっぱり横目で品種名ラベルに目が行く。
私の今年の誘惑は「紅不二」というオールド・ローズ。フラウ・カール・ドルシュキの枝替わりである。蝶が舞っているような華やかな花型の大輪でツルとしても使える。もとは真っ白だけど、赤の枝替わりは「艶姿(あですがた)」と呼ばれ、ローズピンクのものは「紅不二」と言う。
似た感じの色の花を挙げるなら、この↓「マヌウ・メイアン」。でも形はもっと独特の派手さがある。
この「艶姿」の見事なオベリスクが千葉市内のバラ園芸会社の看板替わりになっているのを見て、前から気になっている品種だった。当主の話を聞いたら、福島原発からわずか4キロの双葉バラ園(多分、原発事故がなければ、日本一のバラ園だったはず。)から貰った株だと知ったこともあり、しっかり名前が脳にインプットされていた。
実は個人的好みの問題で、艶姿より紅不二(ドルシュキ・ルブラ)の方が好みだった。その紅不二が、新苗ではあるが3桁で買える?が~ん!である。
一旦は素通りしたのだが、家に帰ってバラ図鑑で確認し、コロッと落ちた。だって、惚れてた品種に、二度と出会えるかわからないもの。
オールド・ローズが、私のズボラ栽培にどこまで適応してくれるかはわからないけど。
(アジサイ:ウェディング・ブーケ2年目です↑)
さて、次の日曜日は懐メロの例会だ。
6、7、8月は「夏のうた」。34曲だったサイド・ブックの曲を40曲に増やし、また終戦記念日前後用に入れていた軍歌3曲に撤退願った。代わりに「禁じられた遊び」や「泉のほとり」などの外国曲で反戦の思いは歌えると思う。
ただし、「サトウキビ畑」だけは残す。これを歌うと必ず皆涙するから微妙なんだけれど・・・
花もさることながら、新たに増やした曲をお年寄りむきに音を低く下げて歌えるよう、移調した伴奏譜作りに追われていた。
いや、正直に言うと、移調だけではない。もしもの時には自分でも弾けるよう、難易度を下げた楽譜であることも必須(汗)。何を隠そう私のピアノ技術なんてバイエルに毛が生えた程度なんだから。
てわけで、良く考えたら雨で花いじりができなくて良かったのだ。
楽しく、そしてしみじみ、今月も歌って過ごして来ようと思う。
柏葉アジサイの白が華やかです。
2016年5月17日火曜日
雨の一日 作業は休んで、ただ薔薇を眺めて過ごす
今日は予報通り、一日中雨。
湿度は高いが気温は上がらず、肌寒いくらい。長袖T‐シャツをカフタンの下に重ね着しなければいられない日だった。
それでも朝、イングリッシュ・ローズの「ア・シュロップシャイア・ラド」が、素晴らしくいい香りを漂わせていたのでご機嫌。大苗を買って3年目の株だ。だいぶ充実してきたのか、立派な花が咲いてくれるようになった。
それから、この春の新顔さん、「プレザントリー」の可愛さ。
ベルギー生まれの小輪のツル薔薇である。
原種のような素朴な黄色の花で咲き始め、やがて淡い紫ピンクに色を変えていく。
黄色と紫と言えば補色、淡いけれど色相としては反対色に当たるわけで、ちょっと思いがけない移り咲きの仕方である。だからこの名前なのかしら?プレザントリーとは「冗談」とか「洒落」というような意味合いの言葉だそうだが。
ネットで検索したら「西洋のムタビリスと言われる」とあった。
そもそも「ムタビリス」を知らなかったのでこれも調べてみたら、中国原産の移り咲きの薔薇のことだった。ムタビリスは薔薇百科に載っていたが、プレザントリーよりもっときつい色の花だった。
複色が共存しても、淡い色同志のこの花で良かった!
柔らかで素朴なブッシュができそうだ。来年以降が楽しみ。
そんなことを思いながら、自分の選択を自画自賛して、何度も眺めて過ごした。
明日天気になあれ!
湿度は高いが気温は上がらず、肌寒いくらい。長袖T‐シャツをカフタンの下に重ね着しなければいられない日だった。
それでも朝、イングリッシュ・ローズの「ア・シュロップシャイア・ラド」が、素晴らしくいい香りを漂わせていたのでご機嫌。大苗を買って3年目の株だ。だいぶ充実してきたのか、立派な花が咲いてくれるようになった。
それから、この春の新顔さん、「プレザントリー」の可愛さ。
ベルギー生まれの小輪のツル薔薇である。
原種のような素朴な黄色の花で咲き始め、やがて淡い紫ピンクに色を変えていく。
黄色と紫と言えば補色、淡いけれど色相としては反対色に当たるわけで、ちょっと思いがけない移り咲きの仕方である。だからこの名前なのかしら?プレザントリーとは「冗談」とか「洒落」というような意味合いの言葉だそうだが。
ネットで検索したら「西洋のムタビリスと言われる」とあった。
そもそも「ムタビリス」を知らなかったのでこれも調べてみたら、中国原産の移り咲きの薔薇のことだった。ムタビリスは薔薇百科に載っていたが、プレザントリーよりもっときつい色の花だった。
複色が共存しても、淡い色同志のこの花で良かった!
柔らかで素朴なブッシュができそうだ。来年以降が楽しみ。
そんなことを思いながら、自分の選択を自画自賛して、何度も眺めて過ごした。
明日天気になあれ!
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